1. トップページ
  2. WELL-BEING for athletes
  3. 実は200mの中でも物語があるんですよ。パラカヌーアスリート…
2025.09.17 UPDATE!
WELL-BEING for children

実は200mの中でも物語があるんですよ。
パラカヌーアスリート瀬立モニカ選手インタビュー
(後編)

パラカヌー日本代表の瀬立(せりゅう)モニカ選手が、2025年5月にポーランド・ポズナンで開催された「2025 ICFパラカヌーワールドカップ」で金メダルを獲得しました。帰国直後の瀬立選手に、ワールドカップのことや今後の活動についてインタビューを行いました。気になる2028年ロスパラリンピックは? インタビュー後編です。

ピッチにあった音楽を聴いたりします(笑)

今朝練習を見せていただいて、そこでメトロノームを鳴らしながらそれに合わせてパドルを漕いでいるのが印象的でした。

ああ、設定したピッチ(漕ぎ数。1分間に何回漕ぐか)の音を常に鳴らして練習するんです。

音楽で言うbpmですね。印象的だったのは、そのテンポを体に覚え込ませる意味もあるんだけど、実はそれ以上にリファレンス(基準)として機能している、そういうお話でした。

そうなんですよね。練習の段階ごとに同じピッチの設定をしておくと、その時の自分の状態が分かるんです。いつも設定しているメトロノームに合わせて漕いでみて「あ、今日の96は重いな」とか「あ、同じ96でも今日は回ってるなー」とか。自分の状態が分かると、その対処の手を打つことができます。

試合本番では、その音(ピッピッというメトロノームの電子音)は聞けないんですよね?

はい。なので、試合前は設定した自分の漕ぎ数のピッチにあった音楽を聴いたりします。ピッチは重要で、速ければいいってものでもないので、自分の筋力やスキル、パドルのサイズなどとピッチをいろいろ試して、今回はこれで行こうと設定します。その基準として音楽を聴くんです。

音楽ですか。

なので、たとえばある試合のピッチを110に設定するとしたら、そのピッチにあった音楽を探すところから始めます(笑)。その音楽を聴けば、自分がどんな状態であったとしてもその曲のテンポで自分を取り戻す、みたいな。

とても面白いですね。ちなみに、午前や午後、夜なんかでその音楽のテンポが変わって聞こえたりすることはないですか?

どういうことですか?

例えばアスリートやミュージシャンなんかでも、自分の心拍数や状態で同じ曲の速さが違って聞こえたりすることが結構あるみたいなんです。夜中はめちゃくちゃテンポが速く聞こえたり。逆に本番などで自分が興奮しているととても遅く聞こえたり。モニカさんはそういうことはないんでしょうか?

あまりないですね。

そうなんですね! 人によっては同じ音楽がどう聞こえるかで、自分の緊張度合いのバロメーターにしていることもあるみたいです。ということはモニカさんは体内のリズムが常に安定しているのかな。

あ、なるほど、そうか。私は音楽を聴くタイミングを決めているんです。「ウォーミングアップのここ」みたいに常に同じタイミングで聴くので、だからいつも同じに聞こえるかも知れません。

音楽を聴くタイミングもちゃんと決めてる!

そうなんです。でも面白いですねその話。こんどいつもと違う時間に聴いて試してみようかな?

やめてください(笑)。それで試合の調子が崩れたら大変です。

(笑)

競技中の瀬立モニカ選手
カヤック種目(KL1)競技中の瀬立モニカ選手

結構自分を管理したいタイプかもしれない。

他に、例えば練習では必ずこうする、あるいは大会では必ずこうする、みたいな事ってありますか?

おにぎりですね!

おにぎり?

はい。海外遠征には必ず炊飯器を持っていきます。お米も持っていって。毎回炊いて、おにぎりを作っています。

自分で握るんですか?

はい。こうやってぎゅっぎゅって。

自分で! どのくらいの大きさのおにぎりなんですか?

あはは。大きいの作りそうですか? 実は、100gのご飯を測って、それを握ってます。

おにぎりを毎回測って握るんですか?

はい。自分が食べた量を把握したいんです。普段どれくらい食べて、今日はどれだけ食べて。そういう“基準”じゃないですけど。

さっきのメトロノームの話と同じですね。 自分で定めた基準が自分の外にあって、それに対して今の自分がどうなのかを常に観察している。すごい!

だからもちろん体重計も持っていきます。

体重計もですか。それって、失礼な質問かもしれませんが、性格? なんでしょうか? アスリートでもいろんなタイプの人がいると思うんですが。

そうかも知れませんね。私は結構自分を管理したいタイプかも知れない。
体重もそうだし、例えば睡眠も管理したい(※)。他にも日々のコンディション・・・、心拍数、体重、あとは尿比重、脱水の状態が分かるんです。そういうのをもう2017年くらいからずっと毎日モニターしています。

※瀬立選手はパラマウントベッドの電動リクライニングベッド「INTIME2000i」、睡眠計測センサー「アクティブスリープアナライザー」を使用している(パラマウントベッドは瀬立モニカ選手を応援しています

それはすごい。

東京(2021年の東京パラリンピック)の前までは食べた物も全て記録していたんですよ。でもずっとやっているとだいたいどれをどのくらい食べればどうなるか、というのが分かってくるので、毎食記録するのは最近はやっていませんが。

ということはおにぎりの具も? 塩分とかを考えてびしっと決まっているんですか?

そこはまあ塩だったり梅干しやワカメとか。そこまで厳密には決めていません(笑)。おにぎりの場合は具よりも、やっぱり炭水化物としてのカロリーの方が重要なので。

沖縄合宿で笑顔をみせる瀬立モニカ選手
山梨の大会での瀬立選手。
いつも笑顔だが、この明るさの奥にはたくさんの努力が。

いまやれることをやる! その決意。

話は尽きないのですが、そろそろ今後の話を。まずは8月のミラノですね。モニカ選手の艇は燃えてなくなったままですよね?(前編参照) どうなるんでしょうか?

実はいろんな方の支援のおかげで、あたらしい艇を発注できまして。本当に感謝しかないんですが。

ということは間に合う!

いえ。間に合うような話はあるんですけど、分からないです(笑)。不確定な要素が一番怖いので、どうなるんでしょうか・・・。
でもその場合、“借艇” というシステムがありまして。先月のワールドカップがまさにその借艇で出たのですが。海外やいろんな理由で艇を持ってこられない選手に対して艇をレンタルする、そういうシステムがあって、それを利用します。

借艇の場合、今朝の練習でも苦戦していたシートの高さなんかは、完璧に自分用のセッティングにはなりませんよね?

ですね。でもそこはまあ仕方ないというか、やれることをやるだけなので。
あと、競技の規定があるので一応決まった規格の艇が充てがわれるんですけど。とはいえ一品生産なので一艇一艇個性があるんです。実際のコースに出てみないと分からないんですよ。あれ?ちょっと左に引っ張られるな、とか、いろんな個性があります。
向こうに行ってコーチといろいろ試しながら、そこでやれることをやります。

やれることをやる! 今朝の練習中にもおっしゃってました。

実は今回メーカーの火事で艇を失ったことで、「自分の艇を持たせてもらう」というその有り難さとアドバンテージにあらためて気づかされました。ですので、皆様のおかげで新しく発注できた艇が間に合ってもそうでなくても、今年は目の前にある艇で、やれるだけやる。そうやって戦っていく決意をあらためて持ったんです。

今年はその8月のイタリア・ミラノ世界選手権で終わりですか?

あとは9月に日本選手権があります。それでだいたいカヌーの競技シーズンは終了です。3月の海外派遣選考会でスタートして9月中旬で終了です。あとは・・・。

あとは?

もうただただ自分のためだけにトレーニングです。冬もずっと。

真冬にもカヌーで川に出るんですか?

もちろんです。ここの旧中川でずっと練習してます。もう本当に寒くて。手の感覚なんてまったくなくなります(笑)。いつでも見に来てください!

瀬立モニカ選手と西明美コーチがカヌーを拭いている
インタビュー日の朝、練習後に艇の手入れをする瀬立モニカ選手と西明美コーチ。

障がいを忘れさせる、あるいは感じさせない環境が水上にはあるんです。

もう一度、8月のミラノ世界選手権について話を戻したいと思います。瀬立選手を応援する私たちにとって、見どころというか、ここを見て欲しい、みたいなところはありますでしょうか?

2024パリのパラリンピックが終わって、翌年である今年はどの選手たちもいろいろなことにチャレンジする年になっていると思います。 私もシートやパドルを変えてみたり、自分の技術も大胆な変革にトライしてたり、守りに入らず、攻めの姿勢で挑む一年でありたいと思っています。さらにその上で結果を出す、そういう意識を持って今年はやっています。

なるほど。パラリンピックやオリンピックの翌年って面白い年ではあるんですね。観る側にとっても。

そうなんです。

私たち観客が見える範囲で、もし「今年の瀬立モニカはここが違う」みたいな点があればお教えください!

そうですね。今年はピッチを上げようと思っています。練習でもいろいろトライして。
そしてその高い回転数を維持するにはどういう姿勢じゃなきゃいけないのか、どういう筋肉が必要なのか、どういうトレーニングが相応しいのか、コーチと悩みながらトライしています。
すべてが連続する動きなので、しかもそれを50パドルなら50パドル正確に左右対称に再現しながら漕ぎ切らないといけない。ただ私は障がいの影響で、そう簡単にはいかないんです。大変ですけどすごく面白いです。

本番の競技の最中って、どんなことを考えているんですか? 今日1日お話を聞いていると、もう気をつけることや頑張ることが多すぎて・・・。

もちろんピッチのことは重要なんですが、そうですね。実は200mの中でも物語があるんですよ。

物語ですか!

前半75mの立ち上がり、そして150mまではいかに楽にスピードを維持して進められるか、最後ラストの50mはいかに踏ん張ってピッチを落とさず漕ぎ切れるか。その全体を物語としてイメージして挑むんです。
大会ではポンツーン(コースを仕切る浮き)が浮いているので、その数と自分のピッチを比べながら「あ、いま物語のここだな、いつもよりピッチが多いな」とか考えながら漕いでます。ああもうすぐラストだ、とか。最後の50mは本当に辛いんですが(笑)。体がミシミシいいます。

ミシミシですか。

スプリント競技の試練です。最後のゴールまでどう自分の描いた物語を進めるのか。

最後に。次のミラノ、そして今後の活動について。瀬立選手から皆さんにお伝えすることがあればお願いいたします!

みなさんの継続的な支援があってこそ、これだけ競技に集中することができます。本当にありがとうございます。そして、2028年のロサンゼルスパラリンピックをしっかり目指そうと、そう決めています。先ほども言いましたが、守りに入らず攻めの姿勢で挑み、そして結果を出す、そういう意識を持ってこの一年を頑張っています。
さらにその先のロスを目標に、まずはその選考に選ばれること。そしてロスで結果を残したいと思っています。

パラカヌーは水上のバリアフリーと呼ばれているくらい、健常者のカヌー競技と全く同じフィールドで戦う珍しいスポーツなんです。大会も同じ場所と日程でやるんです。健常者のレースの直後に、そのコースでパラのレースがあったり。
もちろん細かな違いやルールはありますが、決定的な違いがありません。そこがすごく面白いです。

普段陸上で車椅子で生活していると、段差が気になって行けないところがあったり、階段があってみんなとは違う道を通らないとダメだったりするんです。そういったところに壁を感じたりしてしまう場面があるんですけど。水上の場合はみんな一緒で、みんなと同じように行動ができる。障がいを忘れさせる、あるいは感じさせない環境が水上にはあるんです。そこがカヌーの1番の魅力かなと思います!
ぜひ応援よろしくお願いいたします!
(2025年6月某日。パラマウントベッド本社にて)

エレベーターの前でパラマウントベッド社員と話す瀬立モニカ選手
インタビューや移動の合間にも、瀬立選手に気づいたたくさんの社員が
「お! 調子どうですか?」「モニカさんあのデザインどうでした?」
などと笑顔で近づいてきて話かけていきます。その一人ひとりに
「あ!こんにちは!」と明るく返事をして車椅子から背筋を伸ばす、そんな瀬立選手の姿が印象的でした。
パラマウントベッドの社員食堂で社員と一緒にランチを取る瀬立モニカ選手
インタビューのあと、パラマウントベッド本社社員食堂で「いただきます」