
「置いてもらえるデザイン」とは。開発ストーリーをさらに深掘り
前回の記事では、低出生体重児※のためのカンガルーケア専用サポートチェア「OyaCoco」について、開発に至った経緯や、特徴的なU字クッションがなぜこういう形になったのかをお聞きしました。
お話をお伺いしたいのは岩井さん(経営企画本部バリュークリエイトグループ)、下田平さん(技術開発本部デザイン部)、伊藤さん(経営企画本部バリュークリエイトグループ)、藤野さん(技術開発本部開発部)、片山さん(睡眠研究所)の5名。
後編ではさらに開発ストーリーを深掘りしたいと思います。
※低出生体重児:早産などで2,500g未満で生まれた赤ちゃん。特に1,000g未満の赤ちゃんは超低出生体重児と呼ばれ、OyaCocoは、NICU下で呼吸管理を受けている超低出生体重児へのカンガルーケアをメインの対象ユーザーとしている
※所属はインタビュー時

左より、岩井さん、藤野さん、片山さん、伊藤さん、下田平さん

だれかミシン使える人ー!
U字クッションの形状の話に戻りますと、このクッションは相当三次元的な形をしていますね。試作は大変だったんじゃないですか? 先ほどから「硬さ、柔らかさ、フィット感」といった話も出てきています。ということは布で作ってクッションを詰めてみないと評価できないですよね?
(岩井さん:当時デザイン部所属)最初は紙で型を作って、それをホッチキスで留めて綿を詰めていたんですが……、実際にデザインを詰めていくとなるとやっぱり布で作らないと分からないなあと。
「だれかミシン使えない?!」って。そしたら開発部の藤野さんが大活躍で。
(藤野さん:開発部所属)こういう三次元的に複雑な形状って、布をどういう形にしてどう組み合わせて縫うかを考えるのがすごく重要で……。
服飾でいう「パタンナー」ですね
(藤野さん)そうです。最初はそれこそ紙とかビニール袋に綿を詰めたりして、みんなでいろいろな形状や縫い方をトライして、パターンを起こしていきました。私はそれをどんどんミシンで縫っていっただけなんです。
(全員)いやいや!
(藤野さん)実際にやってみると、縫い目がここだとお母さんの肌に当たっちゃうねとか、綿はこちらから詰めていかないと先端が痩せちゃうねとか、ここで切り返しを入れないと線が出てしまうねとか、実際に製品化したときの布の無駄になる面積が多いねとか……、クッションとして作ってみないと分からないことも多かったです。立体裁断の腕は相当上達しました(笑)。
(伊藤さん:当時デザイン部所属)もともと開発部の方々って自分でどんどん試作を作ったりするので器用な方が多いんですが、藤野さんの活躍は本当に心強かったですね。このU字クッションを試作した時は、いきなり「ほぼ最終形状」が出てきたんですよ。あの時はおおお!って全員から声があがりました。


OyaCoco最大の特徴であるこのU字クッションは、こうやって生まれたんですね
その試作を自分たちだけの評価ではなく、先ほども言いましたように何回も学会や医療現場に持っていってたくさんの方の意見をいただきました。それを聞いては改良して、の繰り返しでした。
「いろんなところを行ったり来たりして、やっとこのカタチになったね!」って印象です。
そうやって「揉まれた」デザインだけど、パッとみるとシンプルでただ可愛い形をしている。とても素敵なことだと思いました
終わってみて気づいたのですが、一番最初にみんなでアイデア出しをしたことがあるんです。付箋にアイデアを描いてホワイトボードにばーっと貼ってブレインストーミングをしたんですが、その中に最終形のU字クッションに近いものがあったんです!
あとで見返してびっくりしました。
面白いですね!
でも、じゃあ最初からそれで良かったじゃん、って話ではなくて。いろいろ紆余曲折を経てそういうシンプルなアイデアにまた戻ってきた、そこが面白いところでした。
デザインや開発をやっているとたまにこういうことがあるんです。
実はある有名な建築家にお話を伺った時も似たようなことをおっしゃってました。「何度もアイデアを試して、最後にシンプルな答えに行き着くと、実は最初のスケッチの中に似たものがあった」って。上から見たらまん丸い美術館を設計した方なのですが
分かります。でも実際には最初の案とは別物なんですよね。強度が違うというか。説得力があるというか。
今回OyaCocoがそういうデザインになったことは、このチームの仕事が良かったことの証(あかし)なのかな、と思います。


NICUの狭い場所にも移動できて、背の高い男性でも座れるように
U字クッション以外にも、さまざまなアイデアや工夫、開発に苦心した点があると思います。いくつかお聞かせいただけますでしょうか?
(下田平さん、デザイン部所属)お母さんの身体的な負担を軽減する、というのは全てのデザインの根底にあります。たとえばリクライニングした状態から起こす時、帝王切開で出産したのお母さんは腹筋を使って起き上がるのが辛かったりするので、背もたれを起こすときに腹筋に負担をかけない、看護師さんの補助は必要ですが、起き上がりしやすいように設計しています。
(記者も)先ほど寝かせていただいたのですが、起き上がる時によいしょ!って感じがないんですね。楽でした。あとは、椅子から立ち上がる時も、よっこらせ感がないというか……
実はそこも相当頑張りました。椅子のサイドパネル(下の写真、緑の部分)と座面の高さを揃えているんです。なので、立ち上がる時にすっと横に足を移動して、そのまま立ち上がれます。座面の高さや角度もいろいろ試して決めています。
なるほど!本当だ。けっこう深く座れるリクライニングチェアなのに、立ち上がるのが楽だったのはそういうことなんですね
フレームと座面の高さを揃えたのにはもう一つ理由がありまして。この椅子はお母さんだけじゃなくお父さんが使うことも想定しています。体の大きな男性でも、座れるようにしているんです。両側にサイドパネルがある設計だと、窮屈だったり座れない可能性もあるので。
かと言って、大柄な男性に合わせて椅子の幅を大きくしていくとキリがないですもんね
院内での取り回しや倉庫のサイズを考えて、幅をなるべく抑えることも重要な課題でした。たとえばドアが通れても、NICU内の保育器の間にも入れないと使ってもらえないので。そもそも他にも医療機器がたくさんあるので、大きな家具は歓迎されないんです。

(岩井さん)座面の高さの話が先ほど出ましたが、低ければいいというものでもない。座ったり立ったりも楽で、かつ長時間座ったり寝そべっていてもリラックスできる高さや角度はどうするべきか。最初は人間工学の教科書に載っている形状や寸法から始めて、何度も何度もトライしました。
トライというのは?
試作しては使ってみて、もうその繰り返しです。高さも角度も、本当に1ミリ、0.5度とか、そういう調整なんです。お母さんやお父さんがリラックスするにはどれくらいが最適なのか。
当然座ってすぐの快適さと、1時間半同じ姿勢ではどうなのか、全然違います。あとは、医療現場で使うものなので、周囲の環境、機器との関係とか、座面が床に近すぎると落ち着かないし衛生面ではどうなのか、とか。家庭で使うのとは違う配慮が必要でした。
なるほど
使う人が精神的な負担を感じない、という点はすごく考えました。
「カンガルーケアをやるのが怖い、不安」という親御さんは少なくないんです。私たち(Tsubaki Project)も出産を経験したメンバーが結構いるので、その気持ちはよく分かります。ですので、産後の不安に対して、少しずつ精神的に慣れていくことで退院後の育児に前向きになれる、そういう効果も期待しています。カンガルーケアをすることで赤ちゃんの体温や呼吸が安定するというエビデンスもあるので、現場のスタッフさんたちは積極的にやっていきたいという熱い想いを持たれている方が多い印象です。その手助けになればと考えています。
お母さん、お父さんだけでなく、このチェアを使う現場のスタッフさんのためにも、という想いがあるんですね。そもそもがそういう現場の生の声が背景となって生まれた製品ですもんね
なので、たとえば移動のしやすさなども相当考えてデザインしています。女性一人でも楽に移動できるんです。
キャスターが後ろにだけついていますね
背もたれのバーを持って、さっと移動できるように重心やキャスターの位置を設計しています。これも設置する4つの脚すべてをキャスターにするのか、キャスターもストッパーをつけるのかなど、いろいろ試しました。椅子のフレームの後ろが、ステップになっていて足をかけられるようになっているのですが(下の写真参照)、ここに足をかけて背もたれのグリップ(手すり状のバー)を持つと、楽に椅子の前側が浮いて移動させられます。
この足をかけていいところが木になっていますね。このことで直感的に「あ、ここは自分が触っていい場所なんだ」と分かる。ここが鉄の剥き出しのフレームだと、ここって足をかけていいのかな?って迷っちゃいますよね。ちょっと油や埃で汚れていたりして
これは他のパラマウントベッドの製品にも共通することですが、現場の人が欲しい、と思える製品である必要があるので、忙しいスタッフさんの物理的・精神的な負担についても当然配慮したデザインになっています。


背もたれのグリップ(手すり)を持ってフレームに足をかければ楽に前側を浮かすことができる。
自由に移動させ、カンガルーケアを行いたい場所に設置ができる

「掴んだり足をかけてよい場所」だということが直感的に分かるデザイン
学会への参考出展が転機だった
インタビュー前半で「学会へ参考出展して、そこで多くの意見をいただいた」と話されていましたが、もう少し詳しくお聞きしたいです
(岩井さん)参考出展したのは日本新生児看護学会学術集会です。開発1年目、試作品が完成した段階で、ちょうどそういう機会をいただけました。そもそもがTsubaki Project※という社内チームで、企画から始めた製品だったので、現場の方からどのくらいニーズがあるのか、どのくらい反響があるのか、そういうことを知れたことは貴重な機会でした。「待っている人がいるんだ」という手応えを掴めただけでなく、社内的にも、開発を進める上でのニーズの裏付けになりました。
※Tsubaki Projectについては コチラ
(下田平さん)ちょうどその時期に片山さんがTsubaki Projectに加わって。学会での説明員をしてくれたんです。めちゃくちゃ熱心で心強かったです。
片山さんは、どういう部署におられたんですか?
(片山さん:睡眠研究所)睡眠研究所です。
まさに学会向きですね
(片山さん)学会には慣れていなかったんですけど(笑)。まだまだ会社に入ったばっかりだったので、基本的には「こういう仕事をしてください」という感じで指示をされて動くことが多く、ある製品に対するお客さんのニーズなんかも、筋道ができているものを扱っていたのですが。
このOyaCocoの学会参考出展は、自分で主体的にどういう製品なのかプロジェクトメンバーに聞きながら理解して、現場の方々に説明をして、自分の耳で生の声を聞いて、またそれをプロジェクトにフィードバックして、と、とても新鮮な関わり方でした。
こういう試作品、しかもこれまで市場になかったものを学会に出展するというのはよくあることなんでしょうか?
メインストリームの製品が、販売される前後にお披露目という形で出展されることが多く、あまりこういうことはないですね。
では、どうやって?
「こういうものを企画しているから出展したい!」と、会議で頑張りました(笑)
そもそも各メンバーが本来の業務でさまざまな学会に出展したり説明員をすることはあるので、そういう学会があることは当然知っていました。そのような業務の中で、現場の方の声を聞いて「ああ、こういう製品が求められてる」という実感はあったので、ぜひ出展して反応を見たい!と。
あとは営業の方の後押しというか声というか……。
営業?パラマウントベッドの営業の方々ということでしょうか
(岩井さん)そうですね。学会への出展というのは営業の業務で、学会に来る現場の方に新製品を紹介したりする重要な場なんです。そこに、私たち開発メンバーも説明員として参加するのですが、そうやって営業の方と一緒に現場の声を聞いたりする中で「こういう製品(カンガルーケアのためのチェア)、必要ですよね」と。
営業の方が言ってくれたりするんですか?
そうなんです。Tsubakiで試作品ができたら、絶対出展しましょうよ!と。
NICUって病院の奥の方にあるんです
で、試作品できました!出したいです!って?
(岩井さん)そうですね。あとは、説明員として参加するメンバーですね。若い人たちも連れて行っていいですか! 連れて行きます!って。 (片山さん)そうやって、私もTsubaki Projectに参加してすぐ、学会で説明員として……。
すごいですね先輩方(笑)
(岩井さん)現場の方の声を聞く機会って、本当に大事なんです。特に社歴が浅い若手が、医療や介護現場の声を聞ける機会はそれほど多くはなくて。
私たち(パラマウントベッド)は、そういう現場で働いている方のための製品を作っているので、特に接する機会の少ない若い人もどんどん連れて行きたい。ユーザーの方々の意見を聞くというのに加え、いま現場でどういう課題があるのか。現場の人が何を考えているのか。
普段なかなかアクセスできない現場、例えばNICU(新生児集中治療室)のようなものは特にそうですね。
NICUって病院の奥の方にあるんですよ。そこまで入っていける経験は、ベテランの開発者でもなかなかないですし、そこで働かれている人の声を聞けるなんてさらに貴重です。
そういう方々と直に話せるのは学会ならではの経験なので、いろんな人を連れてきたいんです。
しかも、実際に自分が関わっている製品(試作品)について話せるなんて、とても貴重な経験ですね
OyaCocoを出展したときは、まだ製品ではなく試作品なので「参考出品」って大きく掲げて。こういうものを開発中です、ご意見お聞かせください、って。
出展してみると、医療現場の方からの反応はものすごかったです。機能とか使う場面の貴重なフィードバックをいただけただけでなく、「いつ出るんですか?」「出たら絶対欲しいです」という声も多くて。
学会への出展は本当にターニングポイントでした。そこから色んなことがうまく回り始めました。
うちの会社でやるべきだ、うちじゃなきゃできない、と思った
そうやって、医療現場の声を聞いて生まれた製品ですが、「家具」である、というところが面白いというか特殊な成り立ちの製品ですね
まさにそうですね。ずっと現場の方々からは「こういう(カンガルーケアに適した)椅子が欲しい」と言われていて、でも、モノ自体は医療機器ではなく家具。そういう声をたくさん聞く中で、まさにうちの会社(パラマウントベッド)でやるべきだ、というよりも、うちじゃなきゃできない、と思ったんです。
市場規模が小さいので家具メーカーが手を出しにくい、ということもありますが、安全性、清拭(清潔に保つ)、医療用のチューブをどう通すか、など医療現場に求められる機能や質を理解し、保証を付けて出せるということ。そして先ほどから言っている通り、赤ちゃんやご両親はもちろん、医療現場のスタッフの方々のことも考えながら開発しないといけない製品だということ。このカンガルーケア用のチェアこそ私たちパラマウントベッドが出すべきだ、と強く思いました。その想いで3年間の開発期間を走り抜けた、そういう感覚です。
ぜひOyaCocoと、カンガルーケアのことを色んな方に知っていただきたいです。
とても興味深く、貴重なお話を聞くことができました。本日はどうもありがとうございました。



