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2026.10.19 UPDATE!
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日本発の3Dプリント義肢装具が、ASEAN諸国の医療インフラになる日
——パラマウントベッドとインスタリム、多層的コラボレーションの現在地(その1)

「必要な人に義足が届かない社会」を、日本発の3Dプリント技術と、パラマウントベッドがASEAN諸国で30年以上、現地でつくり、届けながら築いてきた医療現場との信頼で変えていく——。パラマウントベッドとインスタリム株式会社の協業が、2026年、正式に動き出しました。5年で15万5,000人という規模で、インドネシア・タイ・ベトナムに義肢装具※を届ける計画です。連載の第1回となる本稿では、インスタリムの創業者・徳島泰CEOをはじめ、CTOの今信一郎さん、義肢装具士の小林義明さんへのインタビューを通して、なぜこの会社が生まれ、なぜパラマウントベッドと組むに至ったのかを追いかけます。(全2回の第1回 その2)

※義肢装具:病気やけがなどで失われた手足の代わりとなる「義肢」と、身体の機能を補ったり、回復を助けたりするために装着する「装具」の総称

5年で15万5,000人へ——2026年、
日本発の3Dプリント義肢装具製造
ソリューションで
ASEANの社会課題解決を目指す

2026年4月、パラマウントベッド株式会社とインスタリム株式会社の事業が、経済産業省の「グローバルサウス未来志向型共創等事業」(経産省がAMEICC=ASEAN経済大臣会合支援組織に拠出する事業)に採択されました。
事業名は「インドネシア共和国・タイ王国・ベトナム社会主義共和国/義肢装具製造DXを中核とした日本発・遠隔医療DXプラットフォームのデファクトスタンダード構築実証事業」。
パラマウントベッドが、3Dプリント義肢装具のスタートアップであるインスタリム社と共に、インドネシア・タイ・ベトナムの3か国で持続可能な新しい医療インフラを構築していく——というものです。

目標は明確です。
「インドネシアとタイで、5年間累計約15万5,000人に義肢装具を提供する」

背景には、ASEAN諸国での深刻な、満たされない義肢装具の需要があります。
糖尿病性壊疽やバイク事故などで多くの人々が「脚のない状態」で生活しているとも言われます。しかし、従来の石膏で型を取って製作する義足は、時間もコストもかかり、義肢装具士も足りていないため、必要な人に届かない現実が続いていました。
この協業について、パラマウントベッド執行役員国際営業本部長 加藤良二郎さんは、次のように語っています。

「インドネシアとタイでは、5年で累計15万5,000人に義足を提供するという目標を掲げています。これらの国々で私たちは、ベッドメーカーとしてプレゼンスを確立させてもらいました。その恩返しという思いも込めて、これらの国々の社会を良くする一助になりたいと考えています。インスタリムとの協業は、力を入れて取り組んでいきたい事業です」

「クーリエ・ジャポン」インタビュー記事
(2026年7月6日掲載)より

パラマウントベッドは、インドネシアで30年以上、タイで15年以上事業を展開してきており、ベトナムにも製造拠点があります。この長い年月をかけて築いてきた医療インフラのネットワーク——病院とのつながり、医師のリスト、現地の信頼関係——のうえに、インスタリムの3Dプリント義肢装具技術を重ねる。それが本事業の骨格です。

なぜ、インスタリムだったのか。そして、なぜインスタリムはパラマウントベッドと組むに至ったのか。ここからは、その協業の起点となった人物たちの物語を追いかけていきます。

インスタリム株式会社のラボ風景。大きな空間に3Dプリンターや資材の棚が並んでいる
インスタリム本社のラボ風景。義肢装具製造の根幹となる3Dプリンター、制御ソフト、設計ソフト(CAD)など、義肢装具製造ソリューションのほぼすべてが自社製

カウンセリングから製造技術まで、全てのプロセスを自社開発し提供

東京都墨田区、下町の住宅と小さな町工場が入り混じる街並みの一角、物流倉庫をリノベーションした大きな建物の中にインスタリムの本社はあります。
天井の高い開放的な空間にラボやオフィス、会議スペースなどが点在。取材を行った日も、ラボの3Dプリンターは稼働し続け、スタッフがそれを囲んで議論する光景が見られました。
まさに「ものづくりベンチャーの拠点」あるいは「先端技術開発に取り組む大学の研究室」といった表現がしっくりくる佇まいです。

インスタリム株式会社は、3D技術やAIを活用し、義肢装具の設計・製造に取り組む日本発のスタートアップ企業です。
3Dスキャンで身体の形状をデータ化し、独自の3D-CADやAIを用いて一人ひとりに合わせた形状を設計。さらに3Dプリンターによる製造までを一貫したデジタルプロセスとして構築しています。また、義肢装具の製造に用いる3Dプリンターやフィラメント(プリントに使う樹脂素材)も自社で開発。フィリピンやインドでは自社クリニックを通じて3Dプリント義肢を提供するほか、こうした機器や材料、設計・製造技術などを包括的に提供するソリューション事業も展開しています。ちなみに、日本での義肢装具の販売は行っていません。
デジタル技術を軸に、義肢装具の製作工程全体を革新し、質の高い義肢装具をより多くの人に届けることを目指す企業です。

フィリピンの村で気づいた、「義足のない人々」の姿

創業者の徳島泰CEO、CTOの今信一郎さん、義肢装具士の小林義明さんにそれぞれお話を伺いました。

インタビューに答えるインスタリム株式会社代表取締役CEO徳島泰氏
インスタリム株式会社代表取締役CEO 徳島泰氏

インスタリム株式会社の創業者・代表取締役CEOの徳島泰さんは、1978年、京都府出身。
大学在学中にベンチャー企業に入社、25歳で独立して独自にウェブシステムやハードウェアの会社を立ち上げ、その後、28歳から多摩美術大学に入り直して工業デザインを学び直したという、少し変わったキャリアを持つ人物です。卒業後は大手医療機器メーカーに勤務。骨密度計測装置やAEDなどの開発に関わりました。

そして2012年、34歳のとき、徳島さんはJICA海外協力隊の「デザイン」職種としてフィリピンに派遣されます。任地はセブ島から船で2時間ほど離れた、ボホール州の田舎町でした。
配属先は貿易産業省(日本の経済産業省にあたる機関)。ここで徳島さんは、地場の中小企業の経済振興を目的とした活動に取り組みます。

現地の中小企業の職人たちは、必ずしも学校教育を十分に受けているわけではなく、ものさし・ハサミの使い方など、基本的なところから支援が必要な人も少なくありませんでした。
しかし一方で、彼らはスマートフォンを普通に使いこなしていました。徳島さんはここでひとつの決断をします——「順序を追って基本から教える、あるいは作り上げる」のではなく、いっそデジタルものづくりをワンセットで導入してしまおう、と。

3Dプリンター、レーザーカッター、CNC工作機械といった機材を、貿易産業省と科学技術省、州立ボホール島大学、JICAの合同プロジェクトとして持ち込み、フィリピンで最初のFabLab※「FabLab Bohol」を立ち上げました。その企画から立ち上げまで、2年4ヶ月にわたるプロジェクトリーダーを徳島さんは務めました。
FabLab Boholは、当時のフィリピン大統領(ベニグノ・アキノIII世大統領)にも視察され、その意義が高く評価されました。現在ではフィリピン全国で25拠点以上に広がっています。

※FabLab(ファブラボ):3Dプリンターやレーザーカッター、CNC工作機械などのデジタル工作機器を備え、個人でもアイデアを実際の「もの」にできる工房・ものづくり拠点。2000年代にMIT(マサチューセッツ工科大学)のニール・ガーシェンフェルド教授らによって始まった取り組み。市民、学生、研究者、起業家が機材や知識を共有しながら試作やものづくりを行うオープンな場として、世界各地にネットワークが広がっている。

そのFabLabで、徳島さんは何度も、同じ問いに出会うことになります。

「3Dプリンターで義足を作れないの?」

——なぜ、みんな義足のことばかり言うのだろう?
背景を調べていく中で、徳島さんは深刻な現実に突き当たります。

徳島さん「糖尿病がとても多くて、糖尿病性壊疽と言うんですけども、足が腐ってしまう状況ですね。だいたい村に1人はどちらかの脚が壊疽してしまっている方がいました。村っていうのは大体100人ぐらいの単位なので、人口の1%ぐらいいるわけです。これは日本人が感じるよりも相当由々しき事態で、そういった方々がどうなっているかというと、簡単に義足を作って使う、という状況ではないことが分かってきました」

「田舎に行くと義足を提供できる場がそもそもありません。じゃあ都会に出て、と言ってもそう容易な話ではありません。結局壊疽の治療を諦めるか、切断してそのまま、という人がほとんどだったのです。そういった状況が、フィリピンだけじゃなく途上国のあちこちにありました。国によってはバイク事故や、あるいは地雷など紛争に由来することもある。それらを目の当たりにして、『ああ、だからみんな義足って言っていたのか』と、腑に落ちました」

FabLab Boholの外観、内観、ベニグノ・アキノIII世大統領に説明をする当時の徳島氏、義足(義肢装具)の試作品
(左上)徳島さんが設立に関わったFabLab Bohol
(左下)同施設で3Dプリンターの使い方を説明する徳島氏
(右上)当時のフィリピン大統領(ベニグノ・アキノIII世大統領)視察のようす
(右下)JICA時代の義肢装具試作品
- インスタリム提供 -

ものづくりを、ぜんぶ、自分たちで——徳島CEOの決断

3Dプリンターで義足?
そもそも義足ってどうやって作られているんだろう。
FabLabの立ち上げと並行して、徳島さんはJICA海外協力隊の身分のまま、義足の試作を始めます。

最初は竹で作ってみたり、建築廃材を使ってコストを下げようとしたり。しかし、義足というのは想像以上に精密なプロダクトでした。
設計がうまくないと、痛くて履けない。無理をして使い続けると義足と接する部分から血が出る。そこから細菌が入り、糖尿病性壊疽の患者はさらに再切断が必要になる——そんな事例が、寄付で配られている既存の義足でも多発していました。

徳島さん「要するにそういう義足は、設計がうまくないんですね。これはやはり、3Dプリンターで作るしかないのでは、と思いました。3Dプリンターなら一人ひとりにあった設計と精密な製作ができそうだと」

「現地の人と話して同じ飯を食って、その現地の人たちがどういう苦しみ方をしていて、義足がもっともっと必要だということが分かって。そこで自分のキャリアを振り返った時に、奢りかもしれないですけど、開発に必要な知識と技術を持っていて、この課題に貢献できる人間ってもう僕しかいないんじゃないかな、と」

2014年、徳島さんはFabLabに設置していた3Dプリンターで義足(義肢装具)の試作を開始。最初にそれを履いてくれた女の子が、嬉しそうに笑って「これすごくいいね」と言ってくれたことが、決定的な転機となります。

徳島さん「もう帰って医療機器を作っている場合じゃないな、と思って、会社を辞めました(笑)」

2014年末に帰国後、徳島さんは慶應義塾大学大学院に進学。3D義肢装具の研究を進め、最優秀修士論文に贈られる相磯賞を受賞します。修了後、2017年3月にインスタリム株式会社を設立。2018年4月に事業を本格始動し、2019年3月、フィリピンに子会社を設立して下腿義足の販売を開始しました。

驚くべきなのは、この起業までの3年間、徳島さんがソフトウェア、ハードウェア、材料(フィラメント)、設計のすべてを、ほぼ自分で立ち上げていたことです。
義肢装具の設計に汎用の3D CADを使うと、専門家であってもモデリングに48時間以上かかる。これでは商売にならない。義肢装具に特化した3D CADソフトウェアが必要だ——徳島さんはそう判断し、自らCAD開発に着手しました。

徳島さん「日本にずっといると、発想としてはプロセスのどこか一部分だけ自分でやる、例えば設計だけ、ソフト開発だけ、製造だけ、みたいな感じで、あとはプロと組んでやろうと、そういうのが自然だと思います。でもJICAの経験で、完結した方が話が早いなと思ったんです」

「例えば義足なら最初の試作品がないと、そもそも誰も話を聞いてくれない。今からこのアイデアだけでお金を集めますといっても、なかなかすぐにビジネスに結びつくようには聞こえない、誰がどう聞いても儲かりそうにない話です。国際協力のファンドも、基本は日本で完成した技術を開発途上国に移転するもので、『ゼロから開発します』という事例はほぼないんです。そうなると、自分でやる方が早いし確実です。食い扶持だけは別でJICAのコンサルなどをして稼ぎながら、収入はぜんぶ開発費に投じるということを、3年ぐらいやりました。今やっていることは、基本的にその延長線上で推し進めているだけです」

この「ぜんぶ自分で開発する」という徳島さんの姿勢は、現地クリニックでのカウンセリングから製造・フィッティング、そこに関わるソフトウェアとハードウェア、さらにはその運用プロセスまでを自社で構築し、提供するという、現在のインスタリムのあり方そのものにつながっています。

インスタリムフィリピン事業所でのようす
(左上)フィリピンで事業を始めた頃。写っているのは徳島CEO、義肢装具士の小林義明さん
(左下)実際のフィッティングの様子。患者さんとCTOの今信一郎さん
(右上)クリニックのようす
(右下)instalimbロゴの入った自社製3Dプリンターと、義足を手にする徳島CEO
- インスタリム提供 -

「現物を作っちゃった方が早い」——大企業から集った、フットワークの軽い製造業集団

インスタリムの本社に集まっている現在の開発メンバーは、40名ほど。うちエンジニアが約30名を占め、本社は「R&Dセンター」として位置づけられています。

そのなかに、CTOの今信一郎さんがいます。

今さんは大手自動車部品メーカーの出身。もともと大学院ではブレインマシンインターフェイスを研究し、前職でも医療系の研究部隊に所属してディープラーニングやIoTの立ち上げに関わりました。その後、グループのフランスにある研究所を経て、人工知能の研究・開発を行う研究所に出向し、日本橋のオフィスで、大手自動車メーカーやビッグテック企業が手を組む自動運転プロジェクトに関わっていたそうです。

インタビューに答えるインスタリム株式会社CTO今信一郎氏
インスタリム株式会社CTO 今信一郎さん。大手自動車部品メーカーなどを経て、2019年頃にインスタリムへ参画。以来ソフトウェア、ハードウェア、標準化——ほぼすべての開発領域を統括している

会社の枠を越えたオープンイノベーションの流れで、有志団体「ONE JAPAN」に関わっていた今さんは、たまたま出席したスタートアップイベントで、インスタリム創業メンバーの梶芳朗さん(事業担当)と出会います。
興味を持った今さんは当時世田谷区にあったインスタリムのオフィスを訪れます。
そこで「今度フィリピンに一緒に行きませんか」と声をかけられ、ゴールデンウィークの休みを利用して現地を訪問。現地で患者と直接会い、自分の手で義足を設計し、患者に提供するという経験を得ました。そして帰国後3ヶ月間、開発と経営の議論を重ねた末、インスタリムに参画することを決めます。

今さんが語る、インスタリムの何が“自分に合っていた”のか——それは、大企業のプロトコルから解放される軽さでした。

今さん「大企業だと、一個の試作品を作るだけでも図面を書いて、上長承認をもらって、サインをもらって、はい予算いくら、みたいな話になる。でも3Dプリンターがある会社なら、そんなことを説得する前に作って持ってきてもらった方が早いんですよ。それが多分、エンジニアみんなが面白いと思うところで」

「うちには35歳オーバーで大企業出身のメンバーが多いんです。トヨタ、ホンダ、YKK、キーエンス、そういう日本のものづくり企業を渡ってきた人たちが、本当は現場でものを作りたいのに、だんだん書類作りやマネジメントが増えていって……という理由でスタートアップに来る。だからうちは社内で分厚い書類を求めないし、もう現物を作って持ってきてくれた方がお互い話が早いので、そういう文化にしています」

「うちの3Dプリンターは、試作用と量産用が同じものなんです。すべての差がない。だから量産部門とR&D部門を分ける、というやり方をせず、ぐるっとぜんぶやる形にしています。さらに言うと、ソフトウェア開発も3Dプリンターそのものの開発も、素材開発も、そしてもちろん義肢装具そのものの開発もぜんぶやります。これは義肢装具という我が社のプロダクトの特性があるからです。」

「現物を作っちゃった方が早い」というソフトウェア開発的な身軽さと、「試作と量産での製造方法に差がない」という3Dプリンター由来の統合性。この2つが、3Dスキャン・AI設計・3Dプリント製造・患者管理までを1本のプラットフォーム(「Instalimb One」)につないだ、インスタリムの製造モデルを支えています。

義肢装具という一品生産の医療プロダクトを、遠隔で、必要とされる地域で作れる仕組み。
ソフトウェアメーカー的な機動力と、ものづくりの未来的な姿勢が、最新のテクノロジーによって融合している——それがこの会社の最大の特徴です。

しかし、この「身軽さ」だけでは製造業は続きません。今さんはあわせて、こう言います。

今さん「一方で、最終製品の量産に3Dプリンターを使えるプロダクトというのは本当に少なくて、義肢装具はその数少ないうちの一つなんですよ。自動車では絶対に量産ラインには乗らない。品質管理の要求が3Dプリンターでは通らないからです。義肢装具って、ちょうどそのぎりぎり、3Dプリントのクオリティレベルとマッチする分野なんです。今後はこの『品質管理』という側面をどう強化するのか、そして人が増えてきた現状で、どこかで組織としての体制や筋を通さないといけなくなる。まさにいまそのぎりぎりの場所にいると思っています」

ラボの一角で義肢装具を手にするCTO今信一郎氏
ラボにて、インスタリムの義肢装具を手に、品質管理について話すCTO今信一郎さん。ベージュの部分が3Dプリンターで製造したパーツ。膝下部分は金属のパイプを使い、プリントしたパーツと専用の部品で接続されている。

職人の感覚を、アルゴリズムにする——小林義肢装具士の8年

「義肢装具士がいなければ、この会社の開発はできませんでした」——徳島CEOはそう言い切ります。

インスタリムには、8年前、徳島さんが起業した最初期からいる唯一のメンバーがいます。義肢装具士の小林義明さんです。日本の学校で義肢装具士の国家資格を取り、日本の会社で6年ほど働いた後、インスタリムに合流しました。

インスタリム株式会社義肢装具士小林義明氏
インスタリム株式会社義肢装具士 小林義明さん。日本で義肢装具士として6年働いた後、3Dプリンターを使った義肢装具の可能性に惹かれ、創業期からインスタリムに参画。現在は現地スタッフへのCADソフトウェア教育も担う

実は小林さんも、インスタリム創業の少し前から、日本人義肢装具士の同好会で、3DプリンターとCAD(設計ソフト)を使った義肢装具の試作を趣味として行っていました。

小林さん「その時は、単純に新しい技術で面白そうだからやってみようというところで。もちろん将来的には患者さんのためにという気持ちはありましたけど、まずは面白い技術がある、と」

小林さん「徳島に誘われて話を聞いたとき、義肢装具士としてプロの目で見て欲しいと言われました。僕としては『これじゃダメだ』みたいな感想は全くなくて、むしろ徳島の方がより実用化を進めていたので、これは一緒に手伝いたいなと思ったんです。ただ、徳島はエンジニア寄りなので、義肢装具士としての観点がもうちょっとあれば、よりよくなるかな、というのは漠然と感じていました」

小林さんの役割は、創業期からいまも本質的には変わっていません。

小林さん「義肢装具士として、『ここをこうすればよくなる』というのは分かる。ここをもう少し曲げたり、もう少し形状をこうしよう、みたいな、言ってみれば職人的な感覚です。手で丸く削るんじゃなく、数値を決めて(プリンターを)動かしてみないといけない。いかにアルゴリズムとしてCADや設計に落とし込むかが難しくて、そういうところにチャレンジとして惹かれました」

インスタリムのCADソフトウェア設計思想の要にいる小林さんは、「いい義足を設計できること」と同じくらい重要な点があると語ります。

小林さん「例えば僕だけが使いこなせるCADを作っても、意味が薄れてしまいます。ある職人の感覚を再現するためのソフトでは、使う人がそこまでのレベルに行かないと使いこなせません。CADとしての機能もそうですが、結局使う人がどう使うのかが重要なのです。我々が提供したいのは、あるフィリピンの町にいる現地オペレーターが、その場に来た患者さんに合った義足をそこで設計して、作って装着する、そういう状況なのです。つまり義肢装具設計に最適化されているだけでなく、誰でも同じクオリティを提供できる使いやすいCADであることが重要です。さらに、それをどう使うかという教育ももちろん大事です」

インスタリムのCADは、義肢装具の設計に特化しているため、いくつかの数値を入力していく作業を順に進めるだけで、義肢装具士でなくとも一定のスキルがあれば設計できるという設計思想になっています。小林さんは、CADが現地スタッフにとって「使いやすく」あり続けるための改良と、教育の両方を担っています。

工具を手に3Dプリントした義足の調整をする小林義明義肢装具士
フィリピンにて、実証実験のための義足を製作する小林さん。2018年ごろ

なぜ、パラマウントベッドと組んだのか——ASEAN30年のネットワークと出会う

「僕たちのようなものづくり系スタートアップは、ものづくりの事業である限り、事業投資とリソースがないと大きく伸ばせません。開発段階の時間をかけてなんども試作して、というところも勿論ですが、いざ量産して広げていく段になっても、材料や製造設備を用意して、製造して、患者さんに販売する方法を考えて、と、多角的な投資が必要になる。一度開発してしまえばデジタルコピーで無限に増やせて投資回収が容易なソフトウェア事業と違って、スタートアップとものづくりって、基本的にあまり相性が良くないんです」
徳島CEOはそう語ります。

インスタリム自身はこれまで、フィリピン、インドで自社クリニックを運営し、まもなくウクライナでの子会社設立も予定しています。
しかしそれ以上にもっと大きく、自分たちの技術をさらに世界中に広げていくには、“ものづくりができて、営業ができて、日本品質を実現できる会社” と一緒にやるしかない——徳島さんはそう考えてきました。

そこで出会ったのが、パラマウントベッドです。

きっかけは、東南アジア・インドを専門に投資する日本の投資家「リブライトパートナーズ」からの紹介でした。しかし徳島さんの側にも、実はある見立てがありました。

徳島さん「以前いた医療機器メーカーでは、僕は営業現場に呼ばれて出ていくことが多かったんです。パラマウントベッドさんが病院営業で、特に病棟建て替え等のタイミングで主導的な位置におられるというのは、業界では知られていた話でした。パラマウントベッドさんとチームを組んで病院へ提案に行く、といったこともよくありました」

「なので、パラマウントベッドさんがインドネシアやタイでも病院用ベッドのシェアをかなり持ってらっしゃること、病院や医師とのチャンネル、そして信頼関係を構築できていること——をよく知っていました。これは、僕たちが自分たちだけでは絶対に持てないものです」

——ベッドメーカーという枠を超えた、現地の土着的なチャンネル。

徳島さん「その信頼感を肌感覚として持っていたので、ぜひご一緒できたらなあ、と実は思っていました」

こうして徳島CEOのなかにあった「パラマウントベッド像」と、インドネシア30年・タイ15年・ベトナム製造という同社の事業基盤が結びつき、両社の話は一気に動き出します。
その具体的な形が、本稿冒頭で紹介した経済産業省「グローバルサウス未来志向型共創等事業」への採択(2026年4月)でした。

では、パラマウントベッドとインスタリムの連携は、具体的にどのような多層を持ち、ASEAN現場でどう始まっているのか。CTOの今さんが手を動かす「Instalimb One」というプラットフォーム、部品・人事・技術・制度の交流、そして「日本発のデファクトスタンダード」への挑戦を、(その2)で紐解きます。
(その2へ続く)