「朝来ていただくと、夕方には義足ができている」——Instalimb Oneというプラットフォーム
インスタリムの義肢装具※製造の技術の中核は、単なる3Dプリンターや設計ソフトウェアではありません。スキャンから設計、3Dプリント製造、患者管理までを一気通貫でつなぐ、ひとつのプラットフォーム——それが「Instalimb One(インスタリム・ワン)」です。
※義肢装具:義肢+装具のこと。義肢は体の一部が欠損した患者・障がい者の方のための人工の手足など(義手・義足・義指等)。装具とは、欠損はないが筋肉や関節の痛みや機能の障害等の症状の軽減や機能の補助・回復を目的として体に装着する医療用具(コルセット・医療用靴・インソール等)。インスタリムでは義肢のみならず、装具までを製品ラインナップとして製造・提供している。
(その1)で紹介したCTOの今信一郎さんは、このプラットフォームを次のように説明します。
今さん「一般的な義肢装具製造の現場って、どっちかというと、一個一個の工程は職人的にきちっとやられているけれど、工程間のつなぎが工業製品のそれというよりは、まさに手工業的な領域なんです。患者情報を誰にどう渡すのか、これは誰のデバイスなのか、そういうところが曖昧なままになっていることが少なくない。本当はそこをひとつのプラットフォームでぜんぶつなげたい。顧客管理から製造トレーサビリティまで、ぜんぶ。本来、義肢装具は医療機器なので、ISOの上でもトレーサビリティを含んだ製造管理をしないといけない、という建前があるんです。ただ現状は一品生産なので例外扱いに近い。じゃあその標準モデルをうちが提供しよう、ということを目指してやっています」
Instalimb Oneがカバーする範囲は、患者との最初の接点からはじまります。
インスタリムのフィリピン、インドの自社クリニックでは、集客の中心はSNS広告です。
障害の種類、切断の位置、所得帯、年齢帯——SNS広告なら、ターゲットを細かく絞って、正確に届けたい層に届けられる。マスメディア広告の非効率さから、この選択に至ったといいます。

インスタリム株式会社の創業者・代表取締役CEOの徳島泰さんはこう話します。
徳島さん「問い合わせのほとんどが、メッセージで来るんです。『自分でも買えますか?』というメッセージがSNS上で届きます。その時にもう『写真を撮って送ってください』とお伝えします。その写真をもとに、『多分いけますよ、価格はこのくらいです』というやりとりができます」
写真診断で見通しがついた患者がクリニックに来所すると、対応するのはクリニックのスタッフです。
15〜20分のカウンセリングで診断とブリーフィングを行い、何が可能で何が不可能か、価格や注意点も含め患者さんの状況に合わせて確認を行います。パーツや硬さ(バネ定数)の選定などもここで行われます。ここで重要なのが、事前のSNSによるコンサルティングで、大抵の場合クリニックに来る前に、その方の年齢や生活状況、筋力などが把握できるので「アタリ」をつけておくことが可能だといいます。
そして書類にサインをもらい、その場で義肢を装着する体の部分の3Dスキャンをします。
その後は、いったん食事に出てもらう、あるいは待合室で待ってもらいます。その間に現地スタッフが自社CADにて設計30分、そして同じく自社開発の3Dプリンターで製造が約3時間。3Dプリントされたパーツと既存のパーツを接合し、“その方に合った”義肢装具ができあがる。
「一番早いパターンだと、朝来ていただいて、夕方にはフィッティング、歩く練習をその場でしてもらって、最後にメンテや生活上で気をつけてもらうことなどをお伝えして、そのまま義足ごとお帰りいただけます」
——徳島さんは、こともなげにそう言います。もちろん、来所者の人数や、患者さんの状況、現地の状況により「すべてがこのスピード感というわけではないが、一番スムーズな場合これくらいの時間感覚で対応できる」とのことです。
眼鏡屋さんで、その日のうちにメガネを受け取る。あの感覚に近い。ただし、届けるのは、人生を再起動させるために必須となる義肢装具、つまり一品生産の医療プロダクトです。



このプラットフォームを、義肢装具士でない現地スタッフでも使えるようにする。それが(その1)でも紹介した、義肢装具士・小林義明さんの役割です。
小林さん「うちのCADは、義肢装具を作るためだけに特化した設計になっています。順番に必要な数字(足の長さ・大きさなど)をインプットしていく作業なので、概念的にはただただ定型作業に近い。『3D CADを触ったことがない現地スタッフでも、短時間で操作が習得できる』ように設計しています。まさに眼鏡屋さんのオペレーションに近いイメージです」
インスタリムの製品は、下腿義足から始まり、いまでは大腿義足、前腕・上腕の義手、装具まで広がっています。3ヶ月に1つのペースで新しいデバイスやバージョンが追加されるといいます。
小林さん「使いやすさを保ちながら、機能を増やしていく。難しいところですが、そこはUIの改善も含め常にやり続けています。インドにスタッフ教育専門のチームがあるので、アップデートなどの周知もそこが担っています。また国やバックボーンにより、スタッフの知識や経験も違いますので、そのあたりも考えています」

- インスタリム提供 -
販路:ASEAN3か国、それぞれの向き合い方
パラマウントベッドとインスタリムがまず事業を行うのは、インドネシア・タイ・ベトナムのASEAN3か国です。
各国内において3Dプリンターや関連機器を含む設備を整備したうえで、製造・品質・教育・保守を含む運用全体の実証を進めます。ベースにあるのは、前述のInstalimb Oneというプラットフォームです。
こうした複数拠点での同時稼働により、運用実績を蓄積し、単一拠点では得られない規模での検証を行うことで、標準化に向けた基盤の確認を目指します。
3か国いずれもパラマウントベッドがすでに長い年月をかけて事業基盤を築いてきた地域ですが、各国での取り組み方は少しずつ違います。
・インドネシア:30年のネットワークと、公的保険への架け橋
インドネシアには糖尿病性壊疽やバイク事故が原因で、40万人ほどが「脚のない状態」で暮らしているといわれます。ただ、義肢装具に関しては、専門人材が不足し、患者が適切な治療を受けるまでに時間もコストもかかるという構造的な課題がありました。
そこで両社が取り組み始めているのが、公的保険を通じた義足供給の枠組みづくりです。
インドネシアでは、公的保険を使って義肢装具を供給できるというルール自体はありますが、実際にそれで義足を供給するための製造インフラが整っていない、供給できる製造キャパシティが全く足りていないとのことです。
パラマウントベッドはこの国で30年以上事業を展開してきており、病院や医師とのネットワーク、現地パートナーとの関係が積み上がっています。
そこで、インスタリムの3Dプリンター製造ソリューション+パラマウントベッドのネットワークという布陣で公的保険を使った義肢装具製造・供給の仕組みがうまく回せないか、トライアルが始まったところです。
・タイ:15年の実績と、DXが乗る「素地」
タイでは、パラマウントベッドは15年以上の事業実績があります。加えてタイでは既に、公的な仕組みを通じて義足が供給される枠組みが動いているといいます。ただし、その仕組みで作られる義足は、病院の中で石膏を使って作られる、従来型のアナログ製造がほとんどです。
タイでは、そのアナログな製造工程を、DX(デジタル・トランスフォーメーション)化、つまりInstalimb Oneのプラットフォームに乗せていくという挑戦です。
タイには義肢装具士の教育機関もあります。現在は、そこにInstalimb Oneを導入し、義肢装具の学生がCADソフトウェアを使いこなせるかを検証している段階だそうです。教育機関から普及させることが、そのままデファクト(事実上の標準)につながる可能性を秘めている、と両社は見ています。
・ベトナム:製造拠点、そして横展開
ベトナムは、パラマウントベッドが2013年から製造拠点を持つ国です。ここでは、インドネシア・タイでの実装を横展開する土台として、両社の連携が広がりを見せていく予定です。
目標:5年で、15万5,000人——冒頭で触れた数字の、実装ロードマップ
(その1)冒頭で紹介した通り、両社は5年間累計で約15万5,000人にASEAN諸国で義肢装具を届けることを目標としています。それを実際に成立させるロードマップが、この3か国それぞれの戦略の重なりです。
これは、単一の企業のマーケティング目標ではなく、日本発の医療インフラをASEANに定着させる、政府支援のプロジェクトです。徳島CEOはこう振り返ります。
徳島さん「僕たちはフィリピンとインドをやってきて、今度ウクライナもやりますけれども、今のリソースだとそれ以上に広めようとするには大幅にリソースを増強するしかない。これから急速に世界中に私たちの技術を広げていこうとすると、それをやってくださるところにお願いして、広めていっていただくことができれば、それに越したことはない。それが、ものづくりスタートアップの成長戦略だと思っています」
「そういった意味で、僕たちは最高のパートナーに巡り合ったなと思っています。インドネシア、タイ、そしてベトナムで、私たちの義肢装具を広めていただきたい。そして供給の仕組みと仕様が地域の標準モデルになることを目指す。そのための布陣は、できています」
部品・人事・技術——多層で交わる、両社の“共創”
「トレーニーとして、パラマウントさんに人を送りたいぐらい」
パラマウントベッドとインスタリムの連携は、「販路の提供」だけにとどまりません。取材のなかで、両社のあいだにより立体的な交流が既に始まっていることが分かりました。
インスタリムの義足のうち、3Dプリントで作られるのは主にソケット(体に接する部分)です。義足の性能を大きく左右する中核部品ですが、その下側には金属製のパイプやパーツが組み合わされています。
CTOの今信一郎さんは、両社の会話のなかで、こんな話題が出ていたと明かします。
今さん「うちの義足にはパイプの部品があります。膝から下にあたる部分です。パラマウントベッドさんは、もともとパイプを使っている会社なので、インドとかインドネシアなどパラマウントベッドさんの工場がある地域で、こんな部品をうちの工場を使って作れないかとか、そういうコラボができると面白いよね、と。まずは会話だけしていますが」
パラマウントベッドの海外工場(インドネシア、ベトナム、インド、中国)は、それぞれ現地生産・調達戦略のなかで運営されています。ここに、インスタリムの義肢装具パーツの供給を組み込む——販路連携だけでなく、「作る側」の連携が視野に入っている、ということです。
もうひとつ、取材のなかで印象的だったのが、両社のあいだで自然と生まれている人事交流の機運です。
今さん「うちには大企業にいて、そこそこやってきたメンバーがたくさんいます。ただ、それでもやっぱり、この3Dプリンターとか保守運用とかも含めて、本当の意味でちゃんとやりきれていなかったところもあるんです。本当の意味での大企業的な品質管理、それをスピードと質でやるためにはどうすればいいのか、というところは、方針はあるけれど具体的な戦術までは落とし込めていないところもある」
「パラマウントさんと交流することで、何か新しい方向性が見つかると面白いなと思っています。トレーニーとして、パラマウントさんに人を送りたいな、もしくはどなたか来てくれないかな、ぐらい思うんですよ。すごく一緒に仕事して勉強になっていて」
一方、取材に同席したパラマウントベッド 経営企画本部で国際事業を担当している田頭克俊さんも、取材の場で自然に、同じような趣旨のことを口にしていました。
田頭さん「一緒に仕事して、スピード感や意思決定、柔軟な姿勢など、非常に勉強になっています」
——大企業とスタートアップ、両者が互いに学ぶべきものを見出している構図がありました。
技術:品質管理とスピードを、両立する製造業の模索
大企業の品質管理と、スタートアップのスピード感。この2つは、通常は相反します。しかし、両社の協業では、その両立に踏み込もうとしています。
今さん「社内で話していると、スタートアップは『崖から飛び降りて、飛び降りているあいだに飛行機を作るぐらいの気概で、リスクを背負わないといけない』という表現が出たりします。大企業だと、極論すれば、すべての仕様を満足してぜんぶクリアして、百点取らないと世の中にものを出せない。でもスタートアップではそれだと遅い場面もあって、百点を取っている時間もリソースもないことがある。ただ提供するのはお客様が人生を取り戻すための非常に重要な医療プロダクト、まさにそのせめぎ合いです」
「インスタリムの場合、3Dプリンター製造というメーカーとしての特殊性と、自社クリニックがトライアルの場としてもあるので、そこでカバーできる部分もある。例えば今日、何らかのバグを見つけたとします。普通の製造メーカーだったら設計図面引いて承認取って、品管(品質管理部門)通して、当然予算も絡んで…とステップが多いのですが、うちは3Dプリンターだけなので、設計アルゴリズムをちょっと変えれば、実はそれで終わり、修正された現物ができるんです。あとはソフトウェア側の強度シミュレーションでの検証と、最低限の品質のチェックさえ入れとけば、詳細なハードウェア的な検証は後から入れることにして、先ずは目先のお客さんに迷惑をかけないように対処する、ということも可能です。今後、このスピード感と、増加する製造数の品質管理をどう両立させていくのか。パラマウントベッドさんの品質管理、特に医療関連のメーカーでの知見や考え方は大変興味深いです」
大企業の品質管理/トレーサビリティ×スタートアップの機動力・実験場。この掛け合わせが、パラマウントベッドとインスタリムの技術交流の本質だと感じました。
義肢装具士、小林義明さんは、パラマウントベッドとの協業についてこう話します。
小林さん「今後、アフリカ諸国やウクライナなど、アジアだけでなく世界のいろんな地域に義肢装具を届けようと思っています。そうなると、これまで以上に各地域での特性、向き合い方が変わってきます。制度やインフラという面だけでなく、例えば患者さんの脚の状態も全然違ってきます。そもそも骨格が私たちアジア人とは違う、そして足を切断された原因も地雷などが増えてくる。そうなるといままでの知見をそのまま使うのではない、新たなチャレンジが必要になります。そういう時にパラマウントベッドさんのように世界で事業をされている企業が、どうその地域に向き合われてきたのか。技術だけでなく人材面など、いろいろ参考になると思います」

デファクトスタンダードを、日本発で——業界規格と法規制まで、一緒に作る
義肢装具の3Dプリント製造には、いま業界規格が存在しません。ISOにもJISにも、明確なスタンダードがない。だからこそ、両社の取り組みは「事業」を越え、「事実上の標準=デファクトスタンダードを作りにいく」フェーズに入っています。
今さん「いろんな国の省庁の人と話すと、必ず『規格はどうなんですか?』と聞かれます。ないものはないので、一緒に作っていくしかない。各国レベル(インド、フィリピンなど)での法規制ガイドラインと、それを基にしたグローバルのISOやJIS、この2階建てで進めています。その間には、義肢装具学会のような業界も巻き込んで、ガイドライン化していく」
しかもこの「規格作り」は、単に文書を作れば済む話ではありません。各国ごとに、義肢装具の課題そのものが違うのです。
今さん「よく国連とかで提案される『ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)』の議論では、経済的なバリア、物理的なバリア、習慣的なバリア、いろんな課題が挙がります。値段を下げたいのか、田舎にいて首都に来られないから物理的な距離を解決したいのか、目的によって提案するソリューションは変わってきます。それが各国で微妙に色合いが違うんです」
「ある国では、義肢装具士は都会に多くいるけれど、田舎には全然いない。それなら、田舎でスキャンして、首都で製造しましょう、となる。逆に義肢装具士がそもそも全くいない国だと『義肢装具士でなくとも作れる仕組みにしましょう』という提案になる。法規制やガイドラインも、当然そちらに合わせて変わってくる」
「本当の課題は義肢装具供給の総量を増やしたいということ。とにかくたくさんの人に義足や義手を届けたい。ただ、人材を増やそうとすれば専門家教育の話になり、国の動きを待つしかなくなる。国・地域によってはそれでは間に合わない場合もある。そのような場合においては、3Dで同じインプットに対して同じアウトプットが出せるという再現性さえ担保できれば、『専門家でなくとも、一定のスキルがある人であれば作っていい』という枠組みが提案できます。作れる人を増やすという切り口です。この『作れる人』というのは、製造だけでなくカウンセリングやケアなども含んだ『義肢装具を届ける人』という意味です」
この動きを、日本政府、各国政府、国連(UNIDO)、業界団体(義肢装具学会)、地場の医療機関、教育機関、そして規制当局——さまざまな主体を巻き込みながら、パラマウントベッドとインスタリム両社は前に進めていく計画です。

WELL-BEINGの射程が、アジアへ広がる
パラマウントベッドが掲げるブランドメッセージは「WELL-BEING for all beings」です。すべての存在(beings)のウェルビーイングのために——。
これまで「WELL-BEING for 〜」サイトでは、主に日本国内の医療・介護の現場を丁寧にたどる記事を積み重ねてきました。
そして本稿で紹介したパラマウントベッドとインスタリムの連携は、そのブランドメッセージの射程を、アジアへと押し広げるものです。
必要な人に、義足を届ける仕組みを、日本発でつくる。
そのために、大企業とスタートアップが、販路も、部品も、人も、技術も、標準化の動きも、多層で交わっていく。
「持続可能な新しい医療インフラを一緒に作りにいく」そんな試みが、いま、始まっています。
編集部では、パラマウントベッド側への追加取材や、両社の展開の進捗を、定期的にこの場でお伝えしていく予定です。日本発の3Dプリント義肢装具が、ASEAN諸国の医療インフラになっていく道のりを、これからも一緒に追いかけていきたいと思います。



