
介護テクノロジーで、ケアの質を高める
——厚生労働省の効果測定事業とは
介護人材の不足が深刻化するなか、介護テクノロジーの活用は、職員の業務負担を軽減しながら、ケアの質そのものを高めることができるのか。それを実際の介護現場で検証し、エビデンスとして蓄積していく——厚生労働省の「介護テクノロジー等による生産性向上の取組に関する調査及び効果測定事業」は、そのために行われている事業です。
進め方は、生産性向上に意欲的な介護事業者やテクノロジー開発企業から取り組みの提案を募り、効果が高いと見込まれるものを採択するというもの。採択された事業者は実際にその取り組みを実施し、ケアの質の確保と職員の負担軽減の両面から効果実証を行います。令和7年度は12法人・13提案が採択されました。
ここで得られた知見は、事業報告書や「介護テクノロジー等のパッケージ導入モデル(改訂版)〜介護テクノロジー取組事例集〜」として、全国の介護事業所をはじめ、一般にも公開されています。
令和7年度「介護テクノロジー等による生産性向上の取組に関する調査及び効果測定事業」に採択された13の提案のうち、3つの取り組みでパラマウントベッドのセンシング技術が実証に用いられました。
(3つの取り組みの概要は、関連記事「介護現場の『生産性向上』と『人間らしさの尊重』」で紹介しています)
そのうちのひとつが、社会福祉法人友愛十字会の「排泄パターンの把握による排泄ケアの生産性向上」です。
パラマウントベッドの排泄自動記録システム「トイレDIARY」を活用し、利用者(入居者)の尊厳を尊重したケアの実践と、介護職員の物理的・心理的負担の軽減を目的として実施されました。
実証フィールドとなったのは友愛十字会が運営する2つの特別養護老人ホーム※「砧ホーム」と「友愛荘」です。
※特別養護老人ホーム:常に介護を必要とし(要介護3以上)、自宅での生活が難しい高齢者が、介護を受けながら生活する施設。“特養”と略されることも。
検証として、職員の業務量を分単位で記録するタイムスタディ調査、職員向け・利用者向けのアンケート調査を実施。さらに独自調査として、対象利用者の排便回数・下剤の服用回数・システムによる排便確認回数を1日ごとに記録し、実証終了後にはヒアリング調査も行っています。
報告書には、いくつかの変化が記録されています。
職員の心理的ストレス反応の指標では、負担が「弱い」と回答した職員の割合が、実証前の33%から、2回目の事後調査では46%に増えました。独自調査では、排泄状況を適切に把握できるようになったことで、下剤の服用回数を減らせた利用者の例が挙げられています。
また、職員の物理的負担の軽減という面では、「トイレ介助の業務時間が、職員1人当たり1日に5.7分減少」、「排泄有無の確認時間が、施設全体で1日当たり47.4分減少」というタイムスタディ調査結果が出ています。
実証後のヒアリングでは、現場からこんな声が上がりました——「排便状況の確認を完全になくすことは難しいが、排泄の確認回数やタイミングを利用者に合わせることができるようになった」。
今回、実証フィールドのひとつとなった特別養護老人ホーム「砧ホーム」を訪ね、この施設がなぜこのテーマに取り組むことになったのか、そして効果測定事業の結果をどう受け止め、システムをどう運用していくのか、2回に分けてお伝えします。

特別養護老人ホーム「砧ホーム」
——先進的な機器を積極的に導入する介護施設
砧ホームは、その運営母体である社会福祉法人友愛十字会の「共に生きる」という法人理念のもと、介護テクノロジーやICT機器の導入を積極的に進める特別養護老人ホームです。
積極的な機器導入の背景には、介護現場に共通する人手不足や離職という課題があります。
同法人では東京都の補助制度なども活用し、「持ち上げない介護」や「情報共有の効率化」を継続的に推進してきました。
この取り組みを牽引したのが、砧ホームの前施設長・鈴木健太氏です。
鈴木氏が中心となり、パラマウントベッドの睡眠計測センサー※、職員が装着する介護支援スーツ(マッスルスーツ)、アザラシ型のセラピーロボット(PARO)、ベッドサイドに設置する移乗用リフト、インカム、介護記録システムなど、多岐にわたる介護ロボット・ICT機器が施設に導入されました。特に全60床に導入された睡眠計測センサーは、介護の質向上に大きな成果を上げています。
取材班が訪れた日にも、そのすべての機器が日常業務のなかで使われていました。
※睡眠計測センサー:パラマウントベッドが介護施設向けに提供する睡眠データ取得のためのセンサー。ベッドのマットレスの下に敷いたセンサーにより利用者の状態(心拍・呼吸・睡眠/覚醒/起き上がり/離床)を検知・計測する。非接触型センサーなので利用者が計測器などを身につける必要がない。
こうした取り組みの一環として砧ホームは、過去に、令和2年度(2020年度)厚生労働省老健局高齢者支援課の事業「介護ロボットの導入支援及び導入効果実証研究事業」で、「昼間業務」の実証を行う全国15施設のひとつに選ばれています。これら積極的な機器導入と、それを活用する運用により、砧ホームは2020年4月以降3年連続で離職率0%、有給休暇取得率100%、年間休日140日以上を達成。2023年(令和5年)8月には、「介護職員の働きやすい職場環境づくり内閣総理大臣表彰」(厚生労働省と内閣総理大臣の共催表彰制度)を受賞しています。
これら先進的な機器活用の積み重ねを制度として支えているのが、当施設の「ロボット活用推進会議」です。

「ロボット活用推進会議」
——機器を選び、現場で活用するための場
砧ホームでは月に2回、園長・介護部長・主任・副主任・機能訓練指導員が集まって、最先端の福祉機器の勉強、選定、そして導入後の運用について話し合う会議「ロボット活用推進会議」が設けられています。始まって8年目を数えます。
最新機器の動向や導入を後押しする補助事業などの勉強や機器選定について議論が行われ、時には候補となる機器メーカーの担当者を呼んで、システムの仕組みや期待できる効果についてのレクチャーが行われることもあります。今回のトイレDIARYを使った効果測定事業への参画でも、この「ロボット活用推進会議」が大きな役割を果たしました。
会議のメンバーであり、前施設長鈴木健太氏の想いを引き継ぎ、介護ロボット・ICT機器の導入に積極的に取り組んでいるのが三浦好顕 介護副主任、松﨑良平 介護副主任のお二人です。
三浦さん、松﨑さんは、次のように振り返ります。
三浦さん「新たな技術の導入に前向きな体制や風土があります。前施設長鈴木は、積極的に介護ロボットやICT機器を導入することで、業界では有名なんです(笑)。入れた機器を実際、我々が現場で使うことで、効果やどういう影響があるのかを、経験としても数字としても得られています。最初は鈴木の想いを受けて『使う側』だったのですが、今は導入を推進する役目です」
松﨑さん「三浦は日々の介護業務に加えて本当に精力的に介護技術や機器などを勉強していて、僕は間近でその働き方を見させてもらい『すごいことやってるなあ』と思っていました。ロボット活用推進会議では、メーカーの方から直接学ぶ機会もあります。そういう背景があるので、新しいシステムを割とスムーズに受け入れる素地があったのだと思います」

砧ホームとパラマウントベッドの排泄自動記録システムの関係は、実は今回のトイレDIARYを使った実証事業が最初の出会いではありません。
前施設長・鈴木氏の在任中、砧ホームは公益財団法人テクノエイド協会の「介護ロボット等モニター調査事業」(令和4年度)に参加し、当時「NECサニタリー利用記録システム(現・トイレDIARY:今回導入された機器)」を評価したことがありました。
福祉用具や介護テクノロジーの普及を支援する同協会が、厚生労働省の事業などを通じて、介護現場で機器を実際に使ってもらい、機能や性能の検討を行う取り組みです。
この時点で、砧ホームは、共用トイレでの見守り機器として、現在のトイレDIARYを、単なるデモではなく検証事業のフィールドとして使いこなした経験を持っていたことになります。
そこから約3年。今度は現施設長の武井安浩氏のもと、砧ホームは冒頭で触れた厚生労働省「令和7年度 介護テクノロジー等による生産性向上の取組に関する調査及び効果測定事業」に、「排泄パターンの把握による排泄ケアの生産性向上」というテーマで参画。この事業を活用して砧ホームはトイレDIARYを効果検証。事業終了後にいったん機器を引き上げた上で、あらためて導入を決定し、本格運用を開始しました。
三浦さんは、この一連の流れをこう振り返ります。
三浦さん「今回は驚くほどスムーズでした。なにせ睡眠計測センサー全床導入の成果を、我々はデータとしても実感としても持っていましたので、パラマウントベッドの見守り機器について、使いやすさやどういう効果があるのかといった心配はほとんどありませんでした」
「以前、テクノエイドさんの検証事業でNECサニタリー利用記録システム(現・トイレDIARY)を評価したときは、パラマウントベッドさんの製品ではなかったので、睡眠計測センサーとの関係性は認識していなかったのですが、その有用性は分かっていました。そして今回、厚生労働省の令和7年度効果測定事業を活用して『トイレ見守り機器』を導入しようかという話をしていたら、パラマウントベッドの営業の方が『それ、いまうちでやってるんですよ。パラマウントベッドの製品になって、うちで販売しているんです』と」
松﨑さん「繋がった、という感じでした。既に全床で使っているシステム(睡眠計測センサー)と同じメーカーさん。これは心強いなと思いました」
「トイレ、出ました?」とは、訊ねたくない
——自立して生活する方の、見えない排泄
特別養護老人ホームである砧ホームは、常に介護を必要とする方が入居する施設ですが、そのなかにも、自立してご自分で歩き、ご自身のタイミングでトイレに行かれる方が少なくありません。
「病院ではありませんので、基本的に皆様、自由に過ごされます」と三浦さん。
問題は、その「自由に過ごしている方」の排泄状況を、どう把握するか、でした。
三浦さん「特別養護老人ホームの場合、自立されている方は言葉を選ばずに言いますと“放っておかれている”というのが自然です。ですが健康管理の面で、排泄状態のチェックは必要になります。見落として重大な結果になることもあります。かといって、自立している方に向かって毎日『トイレちゃんと出ました?』とか『どんなうんちでした?』と訊ねるのは、利用者様にとっても我々職員にとってもあまり気持ちのいいものではないと思うんです」
就寝や食事などの時間以外、利用者は自由に施設内で過ごします。
各居室(1〜4人)にトイレ室が付属してはいますが、居室の入居者が必ずそこを使うとは限りません。
皆さんが集まるデイルームに近いトイレは人気が高くて利用者も多く、なかにはひとりで施設内のさまざまなトイレを使う利用者もいます。
ベッドは利用者が決まっていますが、共用トイレの場合、利用者とトイレの組み合わせは決まっていません。複数の利用者が共用で使うトイレについて、「誰が/どのトイレで/いつ排泄したのか」を把握することは難しい課題でした。
排泄分野以外の介護テクノロジー機器はこれまで試してきたけれど、共用トイレの見守りはずっと未解決だった——砧ホームが抱えていたのは、まさにそういう課題でした。
砧ホームの求める条件を満たせるシステム、介護施設の共用トイレで、利用者を顔で個別に判別して見守れる排泄記録システム。このときそれは、パラマウントベッドのトイレDIARYだけでした。
松﨑さん「そこで、『あ、トイレDIARYだ』となりました。センサーでトイレごとに『誰が』『いつ』利用したかを記録・確認でき、『排泄の状態』を自動で分析してくれるトイレDIARYは、まさにこれだ! という感じでした」


パラマウントベッドの排泄自動記録システム「トイレDIARY」とは
「トイレDIARY」は、個々のトイレに設置し、利用者の判別・入室や着座の検知・さらに排泄の内容を人に代わって分析し、結果を記録、職員に通知するシステムです。
排泄の状態をチェックするという、トイレ利用者のプライバシーに関わる部分をセンサーとAIにより自動化。このシステムにより、利用者の尊厳を守りながら、職員による排泄ケアの負担の軽減が期待できます。
センサー類は既存の便器に取り付けが可能で、下図にあるように、トイレ内に設置した制御ボックスにてAIが「排泄状態」を分析し、その結果だけをクラウド上のトイレサーバーに送り、事前に連携しておいた端末に表示・記録するシステムです。
同じくパラマウントベッドが提供する見守り支援システム「眠りCONNECT(コネクト)」と連携が可能で、一つのユーザーインターフェースで、施設入居者の睡眠状態などベッドの見守りと、トイレの見守りを一目で確認することができます。(詳しくはこの記事を参照)
誰が/どのトイレを/いつ使うか分からない「自立して生活する利用者」のトイレ見守りシステムとして、センサーで自動的に利用者を検知できるトイレDIARYは、砧ホームの課題に対して理にかなった選択肢でした。


三浦さんが、新しい技術を導入するときに考えるのは「利用者」の心理的・物理的負担の軽減。それと同時に、もうひとつの大事な視点があると言います。
それが「介護職員」の負担を軽くするということ。
ここでいう介護職員の負担とは、介護に関わる作業や記録といった物理的な負担だけではありません。利用者のプライバシーや尊厳に関わるやり取りや気遣いといった、目に見えにくい心理的な負担も含まれます。
三浦さん「介護職員の負担軽減・環境改善というのは、前施設長の鈴木が精力的に取り組んできたテーマです。我々はそれを引き継いで、よし、もっと良くしよう、と頑張っています。今回のトイレDIARYを使った実証事業への参加にはそうした背景がありました。厚生労働省の効果測定事業は、その目的として、まさに介護職員の負担軽減をうたっているんです」
——では、実際にトイレDIARYが入ったあとの砧ホームでは、どのような本格運用が始まっているのか。そして、既に全床で運用されている睡眠計測センサーとの相乗効果とは。(その2へ続く)


