受け入れがスムーズだった理由と、それを支える運用の仕組み
新しい機器やシステムの導入には、現場レベルでさまざまな課題が生じます。既存業務からの移行にともなう介護職員の物理的な負担、仕事へのこだわりやプライドへの配慮が求められる心理的な負担、そして利用者やそのご家族への説明——これらすべてに対応していく必要があります。
さらに、トイレDIARYのような排泄自動記録システムでは、利用者のプライバシーや尊厳に対する理解とその共有も不可欠です。
砧ホームへのトイレDIARY導入は、(その1)で紹介した「ロボット活用推進会議」など、積極的な機器・システム導入の素地があったことでスムーズに進みました。加えて重要だったのは、使い始めてからの運用フォロー体制です。
今回のトイレDIARYの場合、機器の故障や取扱いなど、機器そのものについては前述の「ロボット活用推進会議」という仕組みが。そして日々の運用や介護オペレーションへの落とし込みは、管理栄養士と看護師も参加する月1回の「排泄会議」があり、そこで継続的に取り上げられています。
「入れて終わり」ではなく「入れてからが本番」——それを制度として支える仕組みが砧ホームには備わっています。

全床導入された「睡眠計測センサー」が受け入れの土台に
トイレDIARYの導入がスムーズだったもうひとつの理由が、砧ホームに既に全床で稼働していたパラマウントベッドの「睡眠計測センサー※」 の存在です。
砧ホームでは、令和3年度(2021年度)の全国老人福祉施設協議会「介護ICT導入モデル事業」を活用し、入居者用のベッド60台すべてに睡眠計測センサーを導入、5年ほど運用しています。
睡眠計測センサーの情報を表示する大型モニターは、利用者が集まるデイルーム、廊下、そして職員のスタッフルームにも設置され、常に起床や睡眠の状態を全体で見渡せるようになっています。
※睡眠計測センサー:パラマウントベッドが介護施設向けに提供する睡眠データ取得のためのセンサー。ベッドのマットレスの下に敷いたセンサーにより利用者の状態(心拍・呼吸・睡眠/覚醒/起き上がり/離床)を検知・計測する。非接触型センサーなので利用者が計測器などを身につける必要がない。

導入後は、ベッド上の体動・呼吸・心拍データをリアルタイムで可視化することで、夜間巡回や起床介助のタイミングを利用者ごとに最適化できるようになりました。
以前は、寝ている人も起きた人も一斉に、担当職員が部屋を訪ね、順番に水分補給やお顔拭き、入れ歯の手入れなどの起床介助をしていました。それが今は、睡眠計測センサーの表示画面で目覚めの状況を確認し、その方に応じた介助へと変わっています。結果としてケアはスムーズになり、所要時間の短縮に加え、ナースコールの回数も減少しました。
職員の業務負担が軽くなったことで生まれた時間は、残業削減だけでなく、利用者との関わりやケアの質向上に振り向けられています。江戸川区が公開しているインタビュー記事では、利用者家族から「安心して預けられる」との声が紹介されています。
こうした可視化された情報を、日常的に使いこなす習慣が既に施設全体にあったこと。また、同じメーカーのシステムであること。それが、トイレDIARYを迎え入れる下地になっていました。


「先回りのケア」ができる
——使い始めてからの変化と、これから
ここからは砧ホームの武井安浩 施設長にも加わっていただき、トイレDIARY導入後の運用や変化、そしてこれからに期待することを伺いました。
三浦さん「まだ本格運用が始まって間もないので、成果の整理はこれからです。こういうシステムは使ってみて、運用にフィードバックしてルールを調整して、を繰り返してよくしていくものだと思います」
武井施設長「だから、本当はすべてのトイレに入れたいですね」
松﨑さん「そうですね。予算的な兼ね合いもあるのですが……。すべてのトイレに設置できると全員、全時間をカバーできますので、相当な安心に繋がると思います」
三浦さん「今回は限られたセンサーをどのトイレに設置しましょうか、という話になるのですが、こういう時、うちには『ロボット活用推進会議』があるので、そこで議論して決めることができました。共通の課題感やシステムについての理解があるメンバーで話せるのは強いです。こういう検討の場がもとからあるのは大事でした」
武井施設長「いま、どういう課題があるのか、砧ホームに何が必要か、補助金や製品について情報を集めたり、知識がある人が話せるのは大事なことです。私は運営側なので、ベッドの稼働率や職員の定着率といった、施設をやっていく側の視点でも考えないといけないのですが。うちの『ロボット活用推進会議』や、厚労省の効果測定事業などを通じて、技術が利用者様のためだけでなく、施設側にもどういう効果があるのかを考えられるのはとても重要なことです。職員が働きやすい環境をどう作るのか」
「実は、新しい技術の導入を考えておられる施設さんからの問い合わせや見学依頼が結構あります。どこも利用者と施設、双方に効果があるものを探しているんですね。うちは早くから積極的に取り組んできたので、そうした問い合わせをいただくのだと思います。前施設長の鈴木を含め、三浦や松﨑もどんどん発信してくれています。これからもこういう取り組みは続けていきたいと思っています」
松﨑さん「利用者・職員双方にとっていいこと、というのは本当にそうなんです。こういう可視化できるシステムがあると、職員の物理的・心理的な負担が軽くなります」
この発言を受け、武井施設長は、パラマウントベッドの見守り支援システム『眠りCONNECT※』の導入も検討中だと言います。
※眠りCONNECT:パラマウントベッドの睡眠計測センサーで測定した情報を用いて、利用者の見守りを支援する同社のシステム。睡眠・覚醒・起き上がり・離床などの状態や、心拍数・呼吸数を端末でリアルタイムに確認でき、利用者の状態に合わせたケアや、スタッフの業務負担軽減・生産性向上を支援する。
武井施設長「実はいま、睡眠計測センサーの更新と、眠りCONNECTの導入も検討しているんです。一目で職員が利用者さんの状況をモニターできるんですよね? トイレDIARYとの連携も可能と聞きました。両システムが連携すれば、利用者様の見守りとして相当な範囲をカバーできると思います」

三浦さん「これまで、見えなかったところは推測や経験で補うしかなかったのですが、自分たちの判断に可視化された情報が加わるのは本当に心強いですね。何より『先回りのケア』が可能になります。これは利用者様にとっても大事なことです」
松﨑さん「一律の決められたケア、というものが減って、その人に合わせた介護に時間を使えるようになりましたね」
効果測定事業の報告書にも「排泄の確認回数やタイミングを利用者に合わせることができるようになった」と記録されています。見守り機器が利用者と介護職員、双方にとってメリットがあることを裏付ける発言です。
そして、三浦さんはこう付け加えます。
三浦さん「とはいえ、こういう見守りシステムを使うのは我々職員なので、職員の経験や技術が根底にあることは変わりません」
松﨑さん「そうですね。職員の技術と見守りシステムの両方が合わさることで、介護の質はまだまだ上げられると思います。今回導入したトイレDIARYを我々が活用して、ケアをさらによくしていくのはこれからだと思っています。‥ぜひ眠りCONNECTも導入を!」
武井施設長「前向きに検討中です(笑)」

職員の経験と見守りシステムが、命に関わる異変を捉えた日
——「使いこなす」ということ
「職員の技術と見守りシステムの両方が合わさることで、介護の質は上げられる」——松﨑さんの言葉は、介護現場への新しい技術導入の本質を突いていると感じます。
トイレDIARYはまだ本格運用が始まったばかり。
ですが、既に全床で運用されている睡眠計測センサーについては、こんな出来事があったそうです。
睡眠計測センサーの情報を表示する大画面モニターには、入居者60名すべての睡眠・覚醒状態や呼吸・心拍のデータが表示されています。
ある日、職員がスタッフルームのモニター画面をざっと見ていた時、「あれ? ◯◯(利用者)さん、ちょっと心拍数が高いな?」と違和感を覚えました。過去のデータを遡って確認したところ、直近2日ほど、その方は通常よりも高い値を記録していました。
ご本人にも自覚症状はなく普段通りでしたが、職員が実測したところ、救急搬送が必要な数値だったといいます。急いで搬送が行われ、医師の診断を受け、命の危険がある状況だったことが分かりました。
その職員は、日頃からモニターを見て常に全員の数値を確認していました。60名すべての方の数値を暗記していたわけではなく、それぞれの利用者の状況と数値がなんとなく頭に入っていたそうです。
職員の経験と見守りシステム。その重なりが、異変への早い対応につながりました。
この件をきっかけに砧ホームでは、利用者全員の心拍の通常値を設定し、睡眠計測センサーの数値が設定範囲を超えた場合にはアラートを表示、直接実測して確認するというルールが設けられました。
三浦さん「トイレDIARYの活用はまだ始まったばかりだ、というのはこういう意味です。データや記録は取れるようになりました。排泄という、付きっきりですべてを確認するのが難しかったものが可視化できるようになりました。これだけでもとても大きいのですが、ここから我々職員が何を読み取り、どういうルールで運用していくか、そこが重要です。介護の質を上げる取り組みを続けていこうと思っています」
インタビューの後も、同席したパラマウントベッドのトイレDIARY担当者と、砧ホームの介護職員のみなさんの間で、数値の設定や端末の利用方法について議論が交わされていました。

利用者と、介護職員のウェルビーイングとは
『排泄パターンの把握による排泄ケアの生産性向上』——今回の効果測定事業のタイトルは、こう名付けられています。「生産性向上」という言葉から連想されるのは、業務の効率化、時間の短縮、コストの適正化といった数字の話かもしれません。
けれども砧ホームでの取材で感じたのは、それとは少し違う手触りでした。
「トイレ、出ました?」と、訊ねなくていい。
そのぶん、利用者様と過ごす時間の質を変えていける。
「先回りのケア」が可能になるということは、利用者様の尊厳を守ることであり、同時に職員が「気配りに使うエネルギー」の質を変えるということでもあります。
効率化の先にあるのは、時間を削ることではなく、時間の使い方を組み替えることなのだと、砧ホームの取り組みは教えてくれます。
砧ホームには、新しい技術を考えている施設からの問い合わせや見学依頼が絶えないといいます。ひとつの現場で確かめられたことが、次の現場へ渡っていく。
そして介護現場では、経験が人から人へと引き継がれていきます。前施設長の想いを武井施設長、三浦さん、松﨑さんをはじめ職員たちが受け取ったように。モニターの数値に違和感を覚えたひとりの職員の気づきが、施設全体のルールになったように。
砧ホームで見たのは、その手渡しが続いている現場でした。
(2026年7月31日 社会福祉法人友愛十字会 砧ホームにて)


